今年の夏から秋は北海道内を

動き回っている私




この日は寿都(すっつ)町へ


ウェスティンホテルなどもできたリゾートの

留寿都(るすつ)町と一文字違い.






道の駅のメニューを見ていると

バジルとホッケ推し


ウニも季節によってはかなり美味しい

海の幸の街.


だから,近頃

高レベル放射性廃棄物の最終処分場への応募に

つながる文献調査に賛成しかけたとき


近隣の自治体や北海道だけでなく

漁師がそれに反対したのも良く分かる.

(風評被害を恐れて)





「わかさいも」って,今は洞爺のお菓子ですが

その前は登別と商標を争っていました.


しかし,さらに

ここがそれの元祖だとの説もあり.





もちろん,

北海道の日本海沿岸はすべて

明治時代はニシン漁で栄えました.





湾の端の海岸の弁慶岬




全国各地に様々な伝説がありますが,

そのうちの一つがここ寿都町にも存在します.

奥州を逃れた義経・弁慶一行は蝦夷地に渡り、この地に滞在した。弁慶は、毎日この岬の先端に立って同志の到着を待っていたが、再会することはできませんでした。そんな弁慶の姿を見ていたアイヌの人たちはいつしかこの岬のことを「弁慶岬」と呼ぶようになったと言われています。


(寿都町のHPより)


ということで,

大きな弁慶の像が建っています.




その横から湾の対岸を見て

ハッと気づきました.


そこには泊村にある北電の

原子力発電所が見えていたのです.



寿都から泊村まで,同じ日本海側とはいえ

そこまで近いイメージではなかったのですが

この眺めを見て近さを実感しました.




寿都は泊村をいつも見ていた.


原発を身近に感じるわけだし

もしかしたら豊富な交付金の

羨ましさも感じていたのかも.


それが今回の

高レベル放射性廃棄物の最終処分場へつながる

文献調査に賛成したきっかけになっても

不思議はないなと思いました.


※高レベル放射性廃棄物=いわゆる「核のごみ」



(もう一つの候補地,神恵内へ続く)